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【2020年はオリンピックだけじゃない】親世代向けプログラミング必修化解説と対策

2019年11月4日

プログラミング必修化に向けていろいろと不安を煽る本や広告が多く出ているこの時代。
真っ向からそれに反抗しようと思う。

まず結論から言えば、そんな不安は一切不要である。

前半は「小学校プログラミング必修化」についての正しい理解を、
後半は「親として備えるプログラミング必修化」についての考察を記載しております。
少々長いですが、目次から目的の箇所を読んで頂き、お時間あれば全体に目を通していただければとおもいます。

そもそも2020年プログラミング必修化って?

一言で言えば2017年に定められた学習指導要領の改訂により、定義された物で、
小学校過程において、論理的思考能力やコンピュータの基礎知識(利用)を得るための授業を行う事とされている。

最近は変わってきたが、当初は「プログラミング必修化」という言葉だけ先行し、中身など完全に無視。
誰もが「専門学校で教わる様なプログラミング」を小学生のうちから教わる事を想像し、保護者だけでなく教育者にも不安を植え付けた。
ほんと「子供の教育」を謳ってる企業の「拝金主義」には嫌気がさす。
本のタイトルなどで不安を煽る物のが売れるのは周知の事実なだけあってひどいものだった。

小学校のプログラミング必修化においてその内容は?

酔麿呂
SEから公務員転職が行けるんじゃね!?

と期待するほどに私はこのニュースを見守る日々がありました。2016年頃の話です。
しかし、そんな希望は儚くも砕け散りました。

プログラミングの専門家とも言えるSEを採用しない(私学等では臨時雇用として枠を確保する場所もあります)

この決定がされたときにすべてを悟ったのです。
教える物はプログラミングではない何かであると。

学習指導要領を読み解く

では国は小学生に何を教えようとしているのか。
結論親世代としてはこれがすべてであって、一番の問題なのではないでしょうか。
教える内容が算数であり、掛け算であれば「解る」となるので不安にはなりません。しかし「プログラミング?」「論理的思考能力?」と知らないもの、曖昧なものとなれば不安になるのは当然です。教育を放棄するような親であれば話は別ですが、多くの親はそうではありません。ですから子供に質問されて答えられない未来を不安に思うのです。

教育内容は明確に示されていない

はい、また結論を最初にお伝えします。
教育指導要領において、その教育内容は明確に示されていません。

しかし、文部科学省発行の「小学校プログラミング教育の手引(第一版)」にはこの様に記載されています。
プログラミングを通して、正多角形の意味を基に正多角形をかく場面(5年・算数)

日本語で書くとかなり難しく見えますね・・・。
こう言いかえるとどうでしょう。「法則」を「自分で見つける」事を主題とする

これまでの日本教育は「公式」を教えて「計算させる」事を目的としたものでした。これで出来上がるのは「歯車」や「道具」として使い勝手の良い人形です。
中学の数学を思い出してください。中身を覚えていなくても解の公式とか記憶の片隅にないですか?言葉だけでも。
そうやって計算の解き方を教えて計算させるのがこれまでの日本教育でした。
日教組が弱まったのか、歯車を作るよりも世界との差を埋めることを優先したのかわかりませんが、漸くスタートラインに立ったといえますね。

一時期中央出版さんのCMで話題になった日本式とイギリス式の算数の違い。
日本が2+3=xとする所をイギリスではx+y=5とするという物。「子供の数だけ答えがある」なんてフレーズと一緒に流れていたので覚えている人も多いのではないでしょうか。
2005年頃なのでもう15年近くも前の話です。それでも覚えているというのはそれだけ印象に残った物なんでしょう。

話がそれましたが、これこそが2020年プログラミング必修化における最重要項目である問題解決能力の強化ではないでしょうか。

ようするに、「今まで学校が教えていなかったけど社会に出ると出来て当たり前みたいに言われる基本的な事」を小学生のうちから少しずつ教育に入れていこうというものです。
論理的思考能力をプログラミングに紐つけた安直なネーミングが人々を惑わせたんですね。

ちなみに・・・。
こんな丸投げな教育方針のため、現場となる学校でも何をどう教えるか迷ってしまい保護者からの質問に答えられず一種の社会問題となりました。

未来の学びコンソーシアム

そこで国が用意したのが未来の学びコンソーシアムです。
要約すると教育サンプル集です。

理科+プログラミング=ロボットを使った実験
音楽+プログラミング=コンピュータによる作曲
算数+プログラミング=プログラムによる図形描画

今生活の中にコンピュータがありふれているように、あらゆる教科はコンピュータを使ってなにかをすることができます。

理系・文系と分けたがるみなさんですが、プログラミングなどというITはどう分けるのでしょうか。
一昔前は理系だったと思います。当時のプログラミングと言えば利用用途が工学的な物に限られる事もあり、高度な数学的知識がないと不可能な事もありましたからね。
しかし、昨今「文系SE」なんて言葉があるように文系でもSEになれます(ここの賛否は別問題ですが…)
理系・文系という分け方がそもそも古いのです。過去にとらわれず前を向く事も新しい教育なんでしょうね。(しらんけど)

保護者向け:小学校のプログラミングは難しくない!

※読みながら嫌になっても深呼吸して冷静になって最後まで読んでください
※そういう意図をもった文章です
正直私がSEとして活動している経歴があったり、プログラミングをすでに20年近く経験しているという経歴があるので賛同しづらい所があるかも知れません。
「あなただから解るんでしょ?不安じゃないんでしょ?」なんて言われたら返す言葉もありません。
ですが、何も知らずに否定だけしている方にそんな事言われる筋合いもないですし、あなたが理解しなくても私は困らないんですよね。自分の子供が相対的に上にくる可能性が上がるだけなので。
というわけで、理解を諦めて投げ出す方を引き止めてまでわかりやすく教えようだなんて微塵も考えていません。

まさにそういう人間を作らないために「論理的思考」「問題解決能力」の教育をこどものうちから行う事を検討した結果なので、対極にいるような人は自分をまず顧みるべきなんでしょう。それができればですが。

という超煽りな文章にすべてが含まれていると私は考えます。
小学校のプログラミング必修化において教育する内容はこの程度です。「プログラミングする技術」を教わるわけではありません。少しでもコンピュータに近い「思考」を身につける教育です。
「全ての現象には必ず理由がある」ドラマガリレオの中で福山雅治が言っていましたね。
当時反響を呼んだあの作品において私が抱いた感想は「何当たり前の事を言ってるんだ」です。結果だけをみるから「偶然」なんて物があるわけで、「偶然」発生したそれも深堀りすれば起源があって理由がある。ようするに知らないから偶然だと結果だけを見て騒ぐ。

視野の狭さや無知をさらけ出す言葉、それが「偶然」

なんとも今後使うのが恥ずかしくなる言葉ですね。あと30年もしたらそういう時代がくるかもしれません。
むしろ必ず来ます。来なければおかしいのです。来年からそういう教育をするのだから。

2020年、プログラミング必修化にかこつけて小学校教諭に転職しようとしたSEが夢敗れた「プログラミング必修化」のすべてがこの章に含まれています。
論理的思考能力とは極論考えることです。目に見える物からWhy?と考えて深堀りする事です。
どうです?ただの文章が出てきただけです。プログラミング技術なんて1mmも登場しません。
日本語という曖昧な言語で抽象的に表現されて結論から逃げるから不安になります。
ならば、完結にまとめてしまえば不安にならないのではないでしょうか。

プログラミング必修化で学ぶ事

すこし理解され難いかもしれませんが、国が求めているこの教育指針の結果は「コンピュータを使う能力」と「論理的思考能力」です。
日進月歩で進化していくIT技術がビジネス環境を超え、生活にまで浸透している日々の中。
バカッターと呼ばれた冷蔵庫にダイブする写真をTweetをしてしまう飲食店バイトの姿はまだまだ記憶に新しいと思います。
そういったコンピュータを使う能力やリテラシーを学ぶために、コンピュータとは何なのかといったもっと深い部分から理解する事で正しく使える人材を育てたいとしているのです。
その中から「コンピュータを活用」できる人材が生まれてさらなる飛躍へとつなげたい。そういう教育なんです。

何度も言いますが、コンピュータをシステムを作る「技術」ではないんです。

きっぱり言いますが、そんなもの小学校で教えた所で数学的知識や理解力が全く足りてないので無駄にしかならないんですよね。
私は10歳頃からプログラミングをやっていますが、正直当時やっていた内容なんて本の記載を丸々打ち直してうごいたー!とかその程度ですからね。
使っていた本が理系大卒の趣味コンピュータな社会人向けだったのもあって理解してプログラムするなんて到底無理な次元でした。

すこし本業の話にふれてしまいますが、あの頃に比べると「簡単で誰でも何か作れてしまう」そんなプログラム言語は存在するには存在します。
ただ、アレが出来るからと行ってプログラマかと言えばそうではありません。誰でも出来るという事はそこには思考が存在しないということです。
ということはAIどころかただのマクロロボットですら可能な作業です。AI技術の進歩でまっさきになくなる職業とも言えます。
そんな「低次元の技術」だからこそ、私はオススメしませんし、3ヶ月でエンジニアデビューなんていう馬鹿げた塾なんかも総じて叩いてます。

SE・PGに必要なスキルはコードを書くスキルよりも、仕組みを構築する脳力です。
ロジックだとかアルゴリズム構築だとかです。そしてこれらの素地を作ろうというのが「小学校プログラミング必修化」です。

世の中の数学者の中に小学生の頃から数学者になろうだなんておもっていた人はいないと断言できます。
小学校過程で教わる算数にはそんな深い物がないからです。考える要素が排除されていますからね。
ではなぜ彼らは数学者になったのか。それは中学・高校という過程で数学の楽しさに目覚めたからでしょう。
その過程として小学校算数があったにすぎません。ソレだけのことです。

プログラミング必修化におけるプログラミングも同じことです。
基礎の基礎にちょこっと触れるだけです。それをベースとした思考脳力がついてくることを目的としていますが、エンジニアをつくる事は目的としていません。
であれば必要な物はその程度の内容になるんです。不安になる必要なんてありません。物事に対して何故?と問いかける癖を小学生のうちから身につけるだけです。

今からでも間に合う論理的思考能力トレーニング

さて、ここまで読んでいただいた方はすでに答えを知っているかと思いますが・・・。
子供に聞かれても大丈夫な親になるための論理的思考能力のトレーニング方法です。
書籍もいくつかありますが、そんなのいりません。そもそも本なんて物は99%の無駄で成り立っている物であり、論理的思考とは真逆を行くものです。
すべての分野・人が論理的思考をベースとするのであれば、小説等の文字数に意味のある物を除き100文字未満でだいたい片付きます。それを何十ページにも及んで書いているだけなんです。

信じる信じないは別として、10万文字ある本のうち必要な内容が100文字だったとします。99.9%が無駄という事に数字的にはなるのですが、
あなたはそれをどう感じますか?無駄ですよね?無駄です。無駄と思ってもらえなければ次にすすめないので無駄ということにします。

では、あらゆる論理的思考能力のトレーニング本にかかれている結論を教えます。

すべての出来事に疑問を持ってください。
あらゆる事象に何故と疑問を持ってください。

これだけです。
論理的思考を端的にあらわすと「XXXXだからXXXXである」といった事象と理由の組み合わせです。
例えば部下が失敗をした時叱る前に問いましょう。何故失敗したのか。
・言ったつもりになっていただけで重要な事を伝え忘れていた
・部下のスキルが足らずに失敗した
・取引先が若手相手だと強気に出てきた
・ライバルに邪魔をされた
などなど考え始めたら無数に考えられます。可能性の大小はともかくとして。
その答えによって失敗という事象と、理由という原因がわかります。先程の「XXXXだからXXXXである」が完成します。
理由の内容によっては叱るべきだし、そうでない事もあります。それが学びであって成長です。
結果だけを見て叱るから老害だの無能上司だのと言われるのです。思い当たる上司とかいませんか?いますよね?
子供からみた親(自分)がそうでないと言い切れますか?

論理的思考能力が評価されている点というのがこういうところだと思います。

疑問に思うだけです。簡単ですよね?
でもこれが難しいからこそ、小学生のうちから身近にさせようという試みです。

まとめ

どうですか?プログラミング必修化や論理的思考について、すこしはハードルが下がりましたでしょうか?
もし読む前よりも心配が和らいだのであれば幸いです。

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